声楽療法 ベルカント・セラピー「本格的な声楽レッスンで「うつ」「ひきこもり」「ニート」を克服! 佐藤式ベルカント発声法は「自閉症」の改善実績もある画期的な音楽療法です。

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精神科医 斎藤 環先生 さいとう・たまき先生 爽風会佐々木病院 診療部長

斎藤 環さいとう・たまき)精神科医 
1961年生まれ。岩手県出身。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。現職は、爽風会佐々木病院・診療部長。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、ラカンの精神分析、「ひきこもり」問題の治療・支援ならびに啓蒙活動。漫画・映画・その他サブカルチャー全般を愛好。


声楽療法の未来

 クラシックの素養に乏しい私ですが、学生時代にベートーヴェンの「第九」やフォーレ、モーツァルトの「レクイエム」の合唱に参加したことがあります。佐藤宏之先生とは、その時以来のご縁です。腹筋の解剖学に基づいた先生独特の発声指導で、いずれの公演も成功をおさめたことは今でも良い思い出です。

 その佐藤先生が、国際的に華々しく活躍されるかたわら、自宅でひきこもりや発達障害の問題を抱えた若者の個別指導をされていると聞いた時は、ちょっと意外な感じを受けました。その後先生のお宅に招かれ、そのレッスンぶりを拝見する機会があって、また別の意味で驚かされました。さらに先日、私どもの病院に佐藤先生が来られ、複数の入院患者さんを相手に声楽指導を試みましたが、大変に好評でした。

 私もかつてヴァイオリンのレッスンに通った経験を持ちますが、音楽のレッスンというものは、まず先生からの叱咤激励に耐えることだと思いこんでいました。ところが、佐藤先生は生徒を叱りません。「もっと、こうしたほうがいいよ」とは言いますが、「ダメ」や「下手」といった、否定の言葉をけっして使わないのです。

 また佐藤先生は、一つのパートが上手に仕上がるまで何度も反復練習をすることをしません。ちょっと上達すると、すぐに次の曲にうつっていきます。おかげで生徒は、単調な繰り返しに退屈したりせず、楽しく練習に没頭できます。発達障害とおぼしい青年が、40分間歌に集中しつつ、少しずつ上達していく姿に、私は治療者として確かな手応えを感じていました。

 これに限らず、佐藤先生のレッスンには、治療的と言ってよいような配慮が、随所にみてとれるのです。しかし考えてみれば、佐藤先生の指導スタイルは昔からこんなふうでした。お話をうかがってみると、もともと「治療のため」といった意図もなく、やってみたらたまたまうまくいった、ということのようです。実は優れたひきこもりの支援者には、そんなふうにたまたまうまくいった経験から、支援の仕事に関わるようになった人が多いのです。その意味では、佐藤先生と「ひきこもり」の関わりも、なかばは必然的なものだったのかもしれません。

 音楽療法には、長い歴史と伝統がありますが、それは本来、音楽そのものが人を癒す力を持っているからです。劇的な有効性はさほど期待できませんが、副作用がほとんどなく適用範囲も広い治療法として、音楽療法は広く受け容れられてきました。

 しかし、従来の音楽療法には、「治療」という視点はあっても、「技術的な向上」という視点は乏しかったように思います。これは芸術療法一般にそうですが、「上手に描く」「上手に歌う」という評価基準が、どこかタブーとされてきたためでしょう。

 しかし佐藤先生の指導は、あくまでも技術的な向上に照準しています。実はこれも、佐藤先生の基本的な考え方の一つなのです。欠点をひとつずつ潰していくのは、効率が悪いし生徒も萎縮する。それよりも長所をひたすら伸ばしていけば、欠点はおのずから改善していく。言い換えるなら、部分の向上は全体の改善を牽引するという発想です。そして、まさにこのような「向上」の体験そのものが治療的に働くということ。これはわれわれにとって、完全に盲点でした。

 「治療」とはなにか。それはまずなによりも、病気によって欠けた部分を補い、過剰な部分を押さえるなどして、「健康という標準」を目指すことでしょう。要はバランスの回復に努めていけば、自然治癒力の発揮を助けられる、という発想です。ですから、治療そのものを狙いすぎるとかえって治療から遠ざかることもある。これは、臨床家なら誰でも知っていることです。

 しかし私たちは、バランスの回復に忙しすぎて、平均以上の能力的な「向上」や「上達」といった方面にはあまり関心を向けてきませんでした。いや、ひょっとするとリハビリテーション医学などの分野では、こうした発想も部分的にはあるのかもしれません。しかし少なくとも、精神医学にはこの発想はほとんどない。

 「うまく歌う能力」は、日常生活には必要ありません。しかし、うまく歌えるようになることで、例えば自己コントロール感が高まったり、歌に集中することで精神的なバランスの回復が促進されるとしたらどうでしょう。加えて、プライドの高い患者さん達にとっては、「デイケア」や「リハビリ」よりも「声楽レッスン」のほうが、間違いなく敷居が低いはずです。従来の音楽療法にはない視点を含むこの「治療」法を、私は仮に「声楽療法ベルカント・セラピー)」と名付けることを提案しました。

 声楽療法の試みは、まだはじまったばかりです。その有効性を実証するには、これから時間をかけて事例を蓄積し、「なぜ有効なのか」についても検討を重ねていく必要があるでしょう。しかし私は、長年ひきこもりに関わってきた治療者として、声楽療法が切りひらく新たな治療的可能性に、確かな手応えを感じています。

 さしあたっては、さらに多くの事例を支援していく中で、声楽療法の一般的な有効性を証し立てる必要があるでしょう。もしそれが成功すれば、精神科リハビリテーションの領域に、新しい方向性を切りひらくことになるかもしれません。たしかな期待と確信をもって、声楽療法の確立を応援していきたいと思います。